● 新春会長インタビュー
いまこそ「日本の底力」を
豊田 章男 [一般社団法人 日本自動車工業会 会長]
聞き手:小宮 悦子 [フリーキャスター]
ものづくりの「原点」を考える年に
小宮:あけましておめでとうございます。
2013年はどのような年をお迎えになりたいと考えていらっしゃるか、お聞かせいただけますか。
豊田:おめでとうございます。振り返りますと、2〜3年前の状況を踏まえ、昨年の年初に私は「まずは平穏無事な年になってほしい」と申し上げました。大きなできごとが立て続けにありましたので、まずそうした思いについて述べたのです。これは今年も同じ気持ちです。また、昨年はキーワードとして「笑顔」と書きました。厳しい状況のなかでも希望や未来に向けて前進する前向きなイメージを表現するとともに、お客さまをはじめ皆さまから笑顔をいただければという思いを込めました。
小宮:昨年の言葉は、会長の率直な願いとしてあげられた言葉だったのですね。
豊田:はい。そして2013年は、一言で表すとしたら「原点」です。
われわれは今、原点に返って、日本経済再生のためには何をしなければならないかを考え、未来に向けて実行していかなければならない年だと思います。「本当に強いものづくりができているか」ということをしっかり見ないといけない。つまり、国際競争力です。「高品質の製品をきちっと納期通りに常にお客さまに提供する」ということも重要な国際競争力です。これはビジネスの原点ですね。
日本は資源国ではないので、みんなで一生懸命に働くしかありません。貿易立国というのは、こういう国際競争力がないと成り立たないわけです。
日本の底力の発信を
小宮:内外の情勢は相変わらず厳しいままですが、昨年末に、日本でも政権交代が起こりました。これを機に、株価が上がり、円安傾向にも進んでいます。自動車産業が「六重苦」に直面しているなかで、このことは好材料になり得るのでしょうか。
豊田:なり得る、と思いますし、なんとしても好材料にしていかないといけません。ですが株価や円安ということに関しては長期で見るべきではないでしょうか。特に為替レートに関しては、相当長い間70円台が続き、理屈上は日本ではものづくりができないレベルにまで上がっています。1ドル360円の時代から考えると円は4.5倍に強くなっています。この数字は企業努力の範囲をはるかに超えています。産業基盤そのものから壊してしまっている可能性があります。
小宮:為替に関して、「円安」という言葉は、まだ使えないということですね。
豊田:超円高であることに変わりはありません。ただ、そういう状況下における80円台ですから、なんとなく円安傾向とは思うものの、決して円安という言葉は使えません。「円高是正の途上」ということではないでしょうか。
小宮:このような状況にあっても世界で活躍している日本企業が多いということは、皆さん相当苦労をなさっているはずですね。
豊田:この20年間、為替レートで円高となっていく中で、特にリーマンショック以降は、国内も海外もマーケットが縮小しました。こうした時期だからこそ、いまこそ日本の製造業、自動車産業の底力を、政府と一緒になって示すべきときだと思います。
小宮:自動車産業は電機と並んで日本のものづくりの基幹ですけれども、一方の電機は、技術革新をしても価格が安くなってしまうという競争にさらされ、苦戦している状況にあります。自動車にもそういうところがあると思うのですが、それについてはどのように対処していこうと思われますか。
豊田:電機業界で起こっていることは、自動車業界でも起こっています。例えば新興国では、より低価格のクルマが求められています。素材やエネルギーがどんどん高騰していますので、入口のところでの原材料はインフレ、出口はデフレ、そして真ん中にいる製造業はたいへん苦しい、こういう状況です。
デジタル化・モジュール化は電機業界に与えた大きな変化点だったと思いますが、これも自動車は関係ないということではありません。自動車にもデジタル化、モジュール化の波は押し寄せています。そういう意味でも自動車というものを決してコモディティ化(均質化)せずに、わくわくドキドキするような商品を出し続けていく必要性があると思っています。
自動車関係諸税の簡素化・軽減に向けて
小宮:魅力的な商品を開発する努力も必要ですが、お客様がクルマを買いやすく、保有しやすくすることも重要だと思います。自動車業界は自動車に関連する税の抜本的な見直しを永年にわたって訴え続けていらっしゃいますね。
豊田:自動車の税金の簡素化・軽減の訴えは、自動車ユーザーを優遇してほしいと言っているわけではないのです。現在のアンフェアな状況を改善していただきたいということです。
自動車取得税・自動車重量税は、道路特定財源であったものが一般財源化されたことによって、道路整備を目的に使われるという課税の根拠を失っています。加えて税体系上も二重課税であり、本来廃止されるべき税目です。自動車関係諸税の簡素化・負担軽減の実現は7,500万人の自動車ユーザーと自動車業界にとって悲願と言うべきものです。
「グローバル展開」の現状
小宮:先ほどおっしゃった日本の底力を発信していくうえで、海外との関係の中で基本になる考え方とはどのようなものでしょう。
豊田:各国のリーダーが替わりつつある中で、皆さんおっしゃっておられるのが、中間層の拡大による格差是正です。そこには製造業に対するたいへん高い期待値があると思われます。
製造業の雇用はサービス業などに比べて、年収レベルでも中間層の母体になっています。オバマ政権も製造業の雇用を拡大する、それが購買力につながるというビジネスモデルについて声を大にして言っておられますので、自動車産業への期待は各国で大きいと思います。ですから日本でも、自動車業界は政府と一緒になって日本の底力を発信するために貢献できる点が多々あると思います。
小宮:日本の底力の発信のために、TPPやFTAなどのルールづくりが早く必要だというふうにお考えですか。
豊田:日本は資源国ではありませんから、技術力や労働力によって付加価値をつけなければなりません。それがイノベーション力であり、日本の現場力だと思うのです。付加価値をつけたものを海外に出し、外貨を稼ぐことが製造業に期待されている点だと思っています。
日本という国は自由貿易が軸になりますので、国際競争力を確保する上で、諸外国との自由貿易協定の推進は非常に重要です。TPPに関してもルールづくりの段階から積極的に関与し、早期に交渉に参加することをお願いしたいと思います。
また、日中韓FTAの交渉開始が宣言されましたので、日本政府におかれては早期かつ意義のある内容での交渉妥結に向け、引き続き積極的な取り組みをお願いしたいと思います。
小宮:日本にとって日中韓FTAのメリットはどこにあるのでしょうか。
豊田:日本のクルマ市場は、保有が回転するという成熟市場のビジネスモデルになっています。
小宮:クルマを買い替える市場ということですね。
豊田:はい。買い替えで、毎年の市場が生まれるのです。現在、7,500万台の保有がありますから10年に1回買い替えていただければ1年に750万台の需要が生まれます。ただ最近は保有期間が長いこともあり、ここ数年は400万台、昨年は500万台の需要で推移しています。
一方、中国及びアジア各国は、保有がまだまだ増えているという市場です。
小宮:初めてクルマを買う人がまだいらっしゃるということですね。
豊田:そうですね。その後、何台か保有されるとか、代替えしていくとか、そういうフェイズだと思います。
保有を回転させる市場と伸びていく市場ではビジネスモデルは違いますが、お互いに連携することによって、双方にとってWin-Winの構図が必ずや出てくるだろうと思っています。
クルマには良いところもあり、また安全や環境に対するネガティブな点もあります。今後モータリゼーションが起こる地域において、自動車先進国として多少先を走ってきた日本の各メーカーは、良さをマキシマイズ、ネガティブな点はミニマイズすることをアドバイスする大切な役割があるとも思います。
小宮:ところで、中国との関係では、昨年ずいぶんやきもきされたのではないかと思うのですが、市場は持ち直してきたのでしょうか。
豊田:まだまだ市場は持ち直していない、というのが現状だと思います。ただ、私ども日本メーカーは、中国においても「良き企業市民」となるため、中国のパートナーとともに、中国の従業員を雇用し、中国のお客様に喜んでいただく商品を作ってきています。そういう意味では多くの日本人が、また多くの中国人が、早い時期の解決を望んでいると思います。
私どもも努力しますし、ぜひとも一日も早い解決に向けて、みんなで努力していくことが必要ではないでしょうか。
小宮:多くの方が望んでいますし、政府にもぜひお願いしたいことですね。欧州との経済協定の話も進んでいますし、日本にとって欧州は本当に大事なお客様ですが、今年もまだ経済への心配は続いていくと思います。欧州との経済協定は、どういうところをめざして進めていくのでしょうか。
豊田:いま、日欧の両陣営が歩み寄っていることはたいへん良いことだと思います。
一部では、日本との自由貿易協定は欧州自動車産業にネガティブな影響をもたらすとの懸念の声もありますが、日本の各メーカーはすでに欧州での現地生産を進めていますので、急に日本製のものが向こうに押し寄せるということはないと思います。この協定を契機に、両地域とも、より開かれた市場として、よりお求めやすい価格で、より幅広いラインナップからクルマを選べる、という環境ができるのではないかと思います。これはとても良いことだと思います。
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